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(3)木村章三おじさんからは、クラシック音楽の手ほどきと酒の味を充分に教えていただいた。一般に木村家は酒飲みの家系で、酒に対する倫理的許容度が一般家庭よりも大きかったと思う。少なくとも父方の禿家よりも飲酒に関してははるかに自由な雰囲気であった。小学校入学前より既に誕生日には赤ワイン(赤玉ポートワイン)を飲んでいた。

祖母カンの通夜の席

日本酒を飲まされ意識を失い、祖母の遺体と並んで横に寝かされたと後に聞いた。もちろんその背景には章三おじの存在があった。

章三おじさん(当時の呼称では「チイオジチャン」)、貴重な体験を与えていただきありがとうございました。大好きなおじでした。私たちの結婚式の仲人を心良くつとめていただきました。ありがとうございました。またご一緒に飲みましょう。

 

狭い空間での2歳年上の兄、いとこ達、比較的年齢差の少ないおじさんとの同居、同じような経験の共有はその後数十年を経て「いとこ会」の開催に結びつく。(残念ながら私の体調悪化で第四回目中断中)。今の若い世代では考えにくいかもしれないが、「いとこ会」とは戦後直後の住宅難と人口急増に結びつく親族同地同居現象を表したものであろう。同世代の同僚で岩石学者の柴田徹先生からうかがった同氏の豪華な「いとこ会」の話に触れるにつれ、戦後一時の、あの時期の世相の一コマを思い返す事が出来る。

柴田氏の場合も、東京綾瀬の実家に戦後父方、母方の親族が集まり、同世代のいとこ達が共通する生活を送ったとの事である。

繰り返すが、「いとこ会」なるものは正に昭和戦後の生活実態を背景として生まれたものであり、我々の世代を終えたら残らないものであろう。今はその前提条件を失った「豊かな時代」に入っている。

 

(4)へ続く

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コメント
自分史を読ませてもらっています。酒呑み家系のチイおじさんの娘の私はモノごごろついた時から父のあぐらの中で父と一緒に日本酒を酌み交わしていました。またいとこ会で一緒に飲みたいです。お大事にしてくださいね。
  • by 加賀美恵子
  • 2016/10/02 10:32 PM
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