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神奈川県立希望が丘高校に入学。
同高校は神奈川県最古に創設された神奈川第1中(神中 じんちゅう)をルーツとして、私が入った頃は「神高(じんこう)」と呼ばれていた伝統校であった。

丘の上に広いグラウンドをもち、体育館で入学式を受けた。
ブラスバンド部が演奏する疾走するようなリズムと旋律の校歌で迎えられた。
黒塗りの詰め襟の学生服を着用していた。
これもエリート意識の一つの象徴であった。

新入生歓迎会の後、ブラスバンド部の部室に立ち寄った。
兄の小学校時代以来の友人であった小野勝さんが指揮をしていた。
團伊玖磨の大学祝典序曲で迎えられた。
すぐに入部を誘われ、何がいいのかを聞かれたが特に楽器演奏の経験が無かったため、とっさにショスタコーヴィチを思い出し、ティンパニーを指差した。

特に才能もなかったが3年間ブラスバンド部で楽しく過ごすことができた。
毎年夏、丹沢で合宿練習があり、2年生の夏キャンプ地の斜面で刈り取ったばかりの竹を踏み抜いてしまったことがあった。
その時一緒に合宿していた陸上部の先輩から、傷口にウイスキーをかけられて消毒し、翌日下山して実家近くの医者へ駆け込み、その初期治療の素晴らしさについて褒められたのを記憶している。
今もその傷跡が足の裏に残っている。
というわけで当時の合宿は酒瓶がつきものであった。自由な校風であったと思う。

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